エディブルフラワーを使ったケーキと言えばこのパティシエ、と自他共に認める第一人者がいる。
「パティシエ ヒロ・ヤマモト」のオーナーシェフ、山本浩泰氏だ。

フランスで腕を磨き、コンクールで優勝するなど実績を上げた後、日本の数々の有名店でも腕を振るい、様々な技術と経験を会得。2011年1月、江戸川区篠崎町に「パティシエ ヒロ・ヤマモト」を開店した。来年には10周年を迎えるのを前に、菓子作りへのさらなる情熱を燃やしている。

そんな山本氏から、エディブルフラワーとの出会いや、驚くべき独自の管理方法を伺うと共に、お菓子にどのように活かしているか、どんな可能性に期待しているかなど、詳しく伺った。

聞き手・記事執筆:スイーツジャーナリスト平岩理緒さん

—— 実は、こちらのケーキをいただいた時、エディブルフラワー自体が美味しくなっている!と感じて衝撃を受けました。何か秘密があるのかと気になります。そこでまず、エディブルフラワーの保存方法について教えてください。

パック入りで納品されたら、まず花同士を離すことが重要です。100均ショップで売っているような薄手の密閉容器に移します。新聞紙を敷いた上に薄いスポンジを敷いて、そこに、エルダーフラワーシロップ入りの水分を染み込ませてあります。これは偶然の発見で、たまたま、シロップがついた容器で保存してしまったところ、普段より香りがいい。再び試しても確かにそうなんです。糖分が入るのでPH値が変わるのでしょうね。ただ、これだと枯れるのも早くなってしまうので、クエン酸を少し入れた水と合わせて調整しています。

—— なるほど。花自体が美味しくなるというのは、そのような保存方法にも秘密があるのかもしれませんね。

保存する温度帯も大事で、6 – 7℃が望ましい。冷えすぎでも冷えなさすぎでも駄目で、5℃を下回ると、花びらの色が抜けて透明になり始めてしまいます。
また、容器の蓋に水分がたまって、それが花に落ちても、色が抜けてしまいます。そのため、毎日、蓋を変えていて、朝、仕上げ作業が終わったら、ルーチンの仕事にしています。冷蔵庫から出して置きっぱなしにすると、外気と容器内の温度との差で、水分が出てくるので、これもよくない。

ビオラやプリムラは、色が抜けやすいですね。ノースポールは比較的もちます。また、花の下の枝が長いものの方が水分がもちやすいので、短いものから使うようにしています。納品してもらっている花の一つ、「YOKOTA ROSE」さんのバラは1ヶ月くらいもつのですが、枝が長いんですね。それをヒントに判断するようになりました。
購入したパックから容器に移し替える時も、きゅっとつぼみが開きかけているようなものを選び、花が開きすぎているものは避けて、別にします。それはそれで別の用途があるので。

カレンジュラなどは、花弁の外側から枯れていくので、その部分を抜いて乾かしたものをシロップに入れて沸騰させ、香りを移す。そのシロップを保存用スポンジにしみこませるんです。
花の選別は、この店に来てから、パートタイマーの方に1時間くらいかけてやってもらっています。

—— 選別や保存にも、そこまで手をかけているとは…。手間ではないですか?

何年もやっていることなので、もう習慣づいていますね。
冷蔵庫内は通常暗いですが、光合成をさせたいので、夜はLEDライトをつけたままにします。できることなら、CO2も入れられるといいですね。ケーキに飾ってからも、ショーケースの中で光合成を行うんですよ。そういう性質も知っておかなくてはなりません。

カレンジュラ(キンセンカ)などは、中心の方も開いてほしい時に、日光浴させたりもします。
ローズの場合は、駄目になったローズを煮て、その水蒸気をためて作ったシロップを、保存容器に敷いたスポンジにシュッシュッとまくんです。花には水分は厳禁なので、かけないように。そうしないと、だんだん香りが薄くなっていくような気がするんです。市販のローズウォーターで代用することもありますが。

花は素手でさわらないことも大切で、さわるなら、花弁の部分ではなく、ガクの部分です。ピンセットを使うか、ビオラなどは手袋をして扱います。

苺なども、届いてすぐ、その日中に使うという訳ではありません。同じように、いい状態でねかせて翌日以降に使うことで、花も追熟できるのでは?と考え、それを実践しているのです。

—— 「エディブルフラワーの追熟」とは、新鮮な考え方です。こちらのお菓子は花まで美味しい、と感じた理由が、理解できたように思います。エディブルフラワーを使う時にも、何か下処理をしているのでしょうか?

ケーキの上にのせる前に、カカオバターでマスキングします。ミントの葉などは、昔からそうしていたんですよ。
花の表面ではなく、裏側を覆います。ただ、かけすぎると白くなってしまう。鉄板に並べて一気に吹き付ける。もつ種類の花ならば、翌日も綺麗なままですよ。

—— 美しい盛り付け方にも驚かされます。ケーキの見た目や味に合わせた、エディブルフラワーの選び方はありますか?

盛り付ける際は、ケーキの色に対して、なるべく同系色のグラデーションになるような色の花を使うよう、意識しています。紫色系のケーキであれば、水色の花とか。
「YOKOTA ROSE」の横田さんのバラは、ホールケーキを豪華に見せることができますね。

ローズ花ピンク

—— 季節の食材と花をどう組み合わせるかなど、季節感の出し方で気をつけていることはありますか?

春ならばピンク色、淡い色のものを使います。クリスマスには、真っ赤なものや真っ白なものなど。母の日ならカーネーションやバラを使いたい。「YOKOTA ROSE」のバラの花は、“母のぬくもり”をイメージさせるピンク色なんですよね。

季節感は、少し先取りで表現するようにしています。春になったら、苺の次の季節の素材として、チェリーやベリー類とか。3月頃なら、ライムの青切りなんかを使って、夏向けのお菓子を試作するので、それに合う花を使いますね。

—— エディブルフラワーを使った、お店の人気商品をご紹介いただけますか?

「ミッシェル」というケーキは、ピスタチオのムースに野苺のムースを合わせた、万人が食べやすい味で人気があります。これには白のビオラを合わせています。ややもちが良くないのですが、明るい色の花がよかった。ミッシェルというのは、フランスのパリで働いていた店のオーナーの名前です。当時、その店で、白いピストレと緑のグラサージュのお菓子を作っていた思い出があるんです。

—— エディブルフラワーとケーキを調和させる方法について、フードペアリングについてのお考えを教えてください

たとえば、甘めのグラサージュをかけるケーキには、やや苦味のある花を合せたりします。
苺のジュレにミントとか、カシスにローズマリーを合わせるといったことは、以前からやっていました。夏にはマンゴーを使いますが、それに大葉や穂紫蘇を合せるとか。

味を求めるための花というのと、そうでない花があります。グレープフルーツなどの柑橘系には、ティムットペッパーやライチといった素材、それにちょっと辛味がある花で普段は使わないのですが、ナスタチウムなども合う。私が学んだフランスのパティシエ、ピエール・エルメ氏の作品にも、グレープフルーツとワサビを合わせたものがありました。一方、ビオラなどは、味を感じない花です。

—— エディブルフラワーは、単に「見た目の飾り」として使われていることも多いと思いますが、こちらのお店では、そうではないのですね。

「パヒューム」というケーキは、ブラックベリーとチョコレートムース、ブラックベリーティーのブリュレを重ねたチョコレートケーキですが、グラサージュにローズウォーターとブラックベリーを入れています。

うちはもともと、ケーキの80%くらいに、スパイス類を使用しているんです。お客様が苦手意識を持たれることもあるので、あまり謳いませんが、チョコレートケーキは特にそうで、「クロエ」にはグリーンアニス、「カライブ」にはジャマイカピメント、「イリス」にはレグリーズ(甘草)など、隠し味として使っています。エディブルフラワーは、そういうスパイス類とも調和するように思います。

—— エディブルフラワーを使ったレシピを考案する時のポイントはありますか? 味や香りを含めて、活かす方法についての考え方を教えてください。

ローズの場合は、メインとして使いたい。あの香りをどのように引き出すかを考えて、1日かけて冷凍・解凍して繊維を壊す方がいいのではないか?とか、ゆっくり時間をかけて素材に香りを移すか?とか、試行錯誤を重ねた結果、オー・ド・ヴィーのように、蒸留するのが一番いいという考えに達しました。

これをケーキに練り込むのですが、たとえば、ムースやクリームのベースになる「クレーム・アングレーズ」を炊くのに、牛乳と生クリームを半々で作ったりもするのですが、ローズを活かすためには、乳風味を弱めにしたいので、牛乳とローズ水を半々にして炊いたりします。

—— 山本シェフがエディブルフラワーを使うようになったきっかけや、現在も使っている理由を教えてください。

そもそも、なぜ、花を使うようになったかというと、自分は広島出身なのですが、実家が寿司店だったので、穂紫蘇とか、苦みが欲しい時に菊などの花を使う光景を、4-5歳の時から見ていたのです。

その後、調理師学校に在学中に見た書籍で、ゼリーの中に花を閉じ込めたババロアの写真をたまたま目にしたのが、とても印象的でした。さらにその後、「ピエール・エルメ・パリ」の存在を知り、バラの花弁を使った「イスパハン」というケーキに感動を受けたのです。それらの経験が、自分がエディブルフラワーを使うようになった原点ですね。

—— そうだったのですか…!確かに、日本料理の世界でも、彩りや香りを添えるために、昔から花を使っていましたよね。

でも、初めはこの店でも、エディブルフラワーを使っていた訳ではないんです。当初、素材にこだわったシンプルなお菓子を作ろうとしていたのですが、それが売れなかった。すると妻から、「華やかさが無い。デザインを考え直してみたら」と意見を言われた。

そんな時に、お客様からのオーダーケーキで、「この花も一緒に飾ってほしい」と、花屋さんで買ってきた花を渡されたのです。その時は、言われたとおりにその花を使ってケーキを作って、喜んでいただいたものの、「農薬とかは大丈夫だったんだろうか?」と心配になりました。そこでエディブルフラワーを使おうと思い、妻も「いいんじゃない」と賛成してくれて。

そこから、自分のケーキのスタイルが変わりましたね。エディブルフラワーを中心にデザインを考えるようになりました。

—— エディブルフラワーの価格については、どのように考えていらっしゃいますか?

最初に使い始めた頃は、高価には感じましたが、大量に買ってどんどん使うようにしたら、値段も下がってきました。多い時は月に400パックほどを使ったこともあり、支払いが8万円にもなりました。

そのように、エディブルフラワーは、安いものではありません。でも、保存方法をきちんとすることで、うちは、ロス率も出来るだけゼロに近づけています。そのケーキ1種類だけの原価を見るのではなく、他でバランスを取るようにして、お客様に感動を与えられることを優先したいのです。

—— パティシエの方が使う際に「原価が合わない」と言われがちなYOKOTA ROSEを選ぶ理由も、そのようなお考えによるのでしょうか?

「YOKOTA ROSE」のバラはもちがよく、きちんと手当てしてあげれば、1ヶ月くらい大丈夫です。なので、1回に80パックとかまとめて取り寄せることで、送料なども下げることができます。
「YOKOTA ROSE」を使ったクリスマスケーキを作った時も、召し上がったお客様の大多数から、「すごかった!」と言っていただきました。実際に農園にも伺って、妥協のないバラづくりをしている方だとわかったのもよかったです。自分達の仕事とも共通点があって、より価値が感じられるようになりました。

バラは真っ赤な色がいいという方もいますが、その色は、自分にとっては「ピエール・エルメ・パリ」の「イスパハン」のイメージが強くて。「YOKOTA ROSE」のような、やわらかい色のバラがのっている方が、食べたい、と思うのではないかなと考えています。

—— ありがとうございます。エディブルフラワーに興味をお持ちでも、どう使いこなせばいいかわからない、コストパフォーマンスが気になる、というパティシエや料理人の方も、まだまだ多いと思っています。
そんな方々にお伝えして、エディブルフラワーの可能性を感じていただくにも、とても参考になるお話でした。
これからも、エディブルフラワーを使った、素敵なお菓子を発信してくださることを、楽しみにしています!